傾き屋

とくにないです。

もしも自分が死んだなら

去年、ちょっと死にかけたというか、健康診断でクリティカルなところが要検査になりました。自分は今まで一度も再診断に引っかかったことが(前日に深酒して引っかかった1回以外)なかったので、割とショックが大きかったのです。

そのとき思ったのが、「自分が死んだら何が残るだろうか」と「死んでも数十年後には忘れられているんだろうな」と、「あとどれだけ遅く生まれていたら死なずに済んだのか」という3つ。

ひとつめは、まあ、今まで曲がりなりに書いてきた同人誌に自分の思想の断片を込めていたつもりだったけれど、読み返してみたら全然言い表せていなくて、このままじゃ死に切れん、と思った次第。

二つ目。こんな時代ですから、死んだと分かった瞬間だけ何かしら反応はあっても、すぐに忘れられるだろうなあという予感(家族とかは除く)。宇宙の雄大さじゃないですが、自分は所詮そんなものだろうという無力感を得ました。

三つ目。

最近よくSFを読むので、コールドスリープであったり人格の電子化なんて技術を享受できたらよかったのになあ、と思ったわけです。そうでなくとも、少しでも進んだ技術を自分の目で見てみたいという気持ちが、このときがきっかけで大きくなった気がします。

長生きしたいものです。