傾き屋

とくにないです。

『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』感想

ネタバレあります。あしからず。

 

 

所感

冒頭から胸が熱くなる作品でした。

郵便の優位性が失われた時代、電化されゆく街の背景からの入り方は、この作品が一人の少女に視点をあてたドラマに留まらず、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』という人物の伝記なのだろうという予感を強めてくれました。

 

その予感は、「思い出」として挟み込まれるエピソードや、実際に島を訪れるという形で物語られてゆきます。ヴァイオレットが名を残した証として、その島でのみ発行されているアイテムが出てきたこと、彼女のしぐさが今も生きていることに、これまで作品を追ってきた人間として、最大限の喜びを得ることができました。

 

最後、暗闇の中を独り往く彼女の姿に、本人と、あるいは想いを託した作り手達の強い意志を感じずにはいられません。
失礼な話ですが、私は鑑賞を開始して数分間、作品外のことが頭をよぎって鑑賞に集中するまでに時間を要してしまいました。

少しだけ、グーで殴りたい気持ちはなくもないですが、ひたすらに美しい作品を創り上げてくれたことに感謝の念が絶えません。

良い物語をありがとうございました。

 

余談(各キャラについて)

以下、各キャラクターについての余談です。

 

社長

社長もとい、過保護お父さん。

少佐が生きているって確証がないままにヴァイオレットちゃん(う゛ぁいおれっとちゃん と発音する)に先走って伝えてしまったり、筆跡だけで少佐だと確信してしまったり、どうかと思うところは多々あれど、総じて「良い人」でした。エンディング、語りかけた隣の場所に誰もいないことに気付いてしまうシーンは、一緒になって感極まってしまいました。そうだよねお父さんだもんね……。

 

(ところで気になったんですけど、少佐って左利き設定でしたっけ?筆跡で分かるということはそういうことだと思うんですが、だとすると隻腕生活で細かい工作ができるのも納得できます)

 

少佐

もとい、大馬鹿野郎。

あの叫びが、本作最高点だということに異論はないと思います。

怒りとも悲しみとも言えぬ愛情の籠もった咆哮は、思わず拳に力が入ってしまいます。

 

閑話休題

少しだけ原作の話になりますが……原作小説では、戦後の少佐がすぐに戻れない理由・設定が示されており、だからこそ再会に向けたストーリーに説得力があり、感動に結びついたと思っています。その点で劇場版は、その設定がスポイルされていて、会いに行けない理由をただ個人の問題としていて、些かの不満が残りました。

見方を変えて擁護すれば、彼もまた「軍人」という鎧の中で生きることを強いられてきて、そこから解放されたばかりの彼の心は、かつて親子三人でブーゲンビリアの花を眺めたころの精神だったのかもしれません。

だとしても、ひとまわりも年下の女の子にああまで言わせて動かないのはお前な……という気持ちはとてもたくさんありますが、とりあえず彼女が幸せになったからこのへんで勘弁しておいてあげます。

 

兄上

ディートフリード大佐、あるいは本作のMVP。

戦争に関わった三人の内、唯一贖罪を果たせた人だと思います。それも、残りの人生を鎖に繋ぐこととと引き換えにして救われるという、本当に救われない御方です。

ヴァイオレットとの傷の舐め合いコンビ、船中での会話は、それまでの張り詰めた空気が弛緩したところが見えて、謎の安心感がありました。もし少佐が現れなかったらどうなっていたのか、とても気になります(特典IFルート未入手勢です)。

 

ユリス

と手紙と電話と本音。

 

本作のテーマとして『伝えることの難しさ』というものがあると思います。だからこその代行業であり、あるいは手紙が、ヴァイオレット・エヴァーガーデンがあります。

そんな本作で、「想いを伝える」という目的のため、ドールであるアイリスは自身の存在理由である手紙ではなく、商売敵である「電話」という手段を取ってユリスの想いを伝えさせました。その構図の美しさは、生者と死という要素を抜きにして、本作で最も美しいシーンだったと思います。

それでも、現代を生きる私達は知っています。手紙より便利な電話、メール、SMSが跋扈する世界においてもなお、未だ替えの効かない手段であり、多くの人に愛され用いられていることを。

何より、冒頭に映し出された幾重にも積まれた手紙の山が、その意義を雄弁に語っていたと思います。

 

最後に

BGMの盛り上げが過剰だったり、手紙が宙を舞いすぎだったり、少佐が少佐で少佐だったり……と、アラを探せばいろいろあると思いますが、冒頭で申し上げたとおり本作はヴァイオレット・エヴァーガーデンの伝記であり、事実に対して文句を言うのは筋違いでありましょう。

二人が良き結末を迎え、先の世界でも語り継がれている。それだけで充分なのです。そういうことにしておきましょう。

完結まで辿り着けたことを本当に喜ばしく思います。素敵な作品をありがとうございました。